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日本・町並み探索 |
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2006/12/17発行 |
宮崎県・飫肥は 室町時代から日向に勢力を持っていた
伊東家が 天正16年に飫肥城を賜って以降、14代280年の間
伊東家が居城としていた町です。<取材2006・11>
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訪れた時はあいにく雨になりましたが 雨に濡れた大手門へ続く道もなかなかでした。 大手門は 昭和53年に復元されたものです。 |
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雨の降る中でも観光客は訪れていました。 「おび天茶屋」や「おび天 蔵」が左右に並び 名物のおび天を食べたり買ったりできます。 |
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この城壁の上に歴史博物館があります。 飫肥城の本丸のあったところは 太い飫肥杉の林になっています。 手前の山には昭和54年に復元された「松尾の丸」があります。 |
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飫肥の武家屋敷は堅牢な石垣に囲まれています。 内部は古いままではなく 新しい建物になっているところがほとんどのようです。 |
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飫肥に限らず 敷地を囲む石垣は 台風の多い九州地方の武家屋敷の特長でもあります。 |
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藩校・振徳堂の長屋門です。天保2年(1831)に 藩主 伊東祐相(すけとも)が建てました。 |
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広い敷地に藩校の建物が建っています。 玄関先がお寺のように堂々としています。 明治維新の外務大臣 小村寿太郎も ここで学んだということです。 |
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藩校の近くに 上級家臣であった 伊東伝左衛門の家が残っています。19世紀始めの建物で 飫肥の武家屋敷の典型といわれるものです。 |
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石垣と黒板塀の上に飛び出した 奇妙な植木が目にとまりました。 |
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武家屋敷の通りに 服部亭という古い建物を使った 料理屋さんがあります。蔵のあるところがそれです。 百石取りの右松家の屋敷を 岡山出身の 山産物商が買い取ったと 玄関先に書いてありました。 |
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服部亭の庭は 著名な庭師の作といいます。 |
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小京都と言われる町にはなぜか 鯉が放たれています。 確かに 石垣 黒板塀に似合ってはいます。 |
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堅牢な石垣で囲ってはいても 通りに面して門を作らないというのも 飫肥の武家屋敷のひとつの形式だといいます。 |
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飫肥のメインストリートは 東西に走る本町商人通りです。 バスも通る広い道です。 スーパーマーケットもありました。 |
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飫肥の名物 厚焼き玉子の店先を 格子と和傘で飾ってありました。 なかなかみごとなディスプレーです。 |
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本町商人通りの西寄りに 蔵造りの商家資料館があります。 明治初期に山林業の山本五兵衛が建てたものを 移築したと記載されていました。 |
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本町商人通りにある 郵便役所跡に建っているのは 醤油屋さんでしょうか おびのむらさき の看板がありました。 |
ご鑑賞ありがとうございました。