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日本・町並み探索 |
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2007/09/16発行 |
三重県 関宿は東海道53次の 47番目の宿場。 鈴鹿峠を越えて近江に至る道筋にあります。
東の追分から 西の追分まで 1.8キロある街道筋の両側に 古い家並みが残り
重要伝統的建造物保存地区に指定されています。
国道1号線は宿場町を避けるようにして すぐ近くを走っています。<取材 2007・8>
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関宿の代表的な旅篭のひとつ 「鶴屋」です。 後期には脇本陣もつとめた格式のある旅篭です。 千鳥破風と呼ばれる 三角屋根が格式を示しているとか。 |
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百六里庭・眺関亭と 名づけられた新しい小公園と 宿場の展望所です。 上に登ると街道筋の 家並みが見通せます。 関宿が江戸から 106里あることから 名づけました。 |
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「橋爪家」は両替商で 江戸にも店を構えていたほどでした。 平入りの2階建てが普通の関宿の中で 通りに面して三角屋根の見える 妻入りの建物は珍しいものです。 |
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関宿を代表する旅篭のもうひとつは 「玉屋」。 通りに面して広い板の間があります。 関宿歴史市旅館として公開されています。 2階の漆喰塗り部分が高く、 宝珠の玉を形取った 虫籠窓が特長です。 |
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こちらは 関まちなみ資料館の中です。 町屋建築の代表的なものです。 |
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「関乃戸」の暖簾を掲げたのは 菓子司・深川屋です。 屋根のついた看板が珍しい。 「関乃戸」はそこで売っている お菓子の名前です。 |
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その深川屋の前から 左手の旅篭「玉屋」ごしに 街道の東方向を見ています。 どこの看板も 京側は漢字で 江戸側はひらがなで書いてあり 方向を示す 目印としたそうです。 |
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新しそうな家も 町並み景観を生かした造りを守っています。 街道筋から電柱は消えていますから すっきりしています が 地元の人たちの 車までは排除できません。 |
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でも 車と古い家との組み合わせが そう似合っていないようにも思えないのは ひいき目でしょうか。 |
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宿場の真中 中町は今でも商店が多く にぎわいを感じます。 奥に見える大屋根は 地蔵院です。 |
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街道の西寄り 中町と新所の間に 地蔵院があります。 天平13年 行基菩薩の開創といわれる 古い歴史の寺です。 このほかにも 街道の裏手には何軒かの立派なお寺がありました。 |
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その向いにある大きな建物は 関宿 第3の旅篭 「会津屋」だった建物です。 |
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会津屋の東並びに 「川音」という米屋があります。 米を搗く水車の音から 店の名をつけたと言います。 |
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蔵造りの米屋・川音のところから 東側 中町の街道筋を見ています。 |
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宿場の西寄りは新所といいます。 店も少なく 観光客も少なく 町並みは静かです。 倉田家 醤油屋・田中屋など 佇まいの美しい建物が並んでいます。 |
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新所の家並みは 西の追分までほぼ真直ぐに続いています。 1階軒に下がっている板は「幕板」で 霧除けの効果があるそうです。 |
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宿場の東の入口寄りは木崎といいます。 商店も少なく 静かな家並みです。 道は東の入り口から 緩やかに登りが続き 西の追分を目指します。 新しい建物も 一定の規制の中で造られ 家並み保存の熱意を感じます。 芸妓の置き屋だった建物もこの近くにありました。 |
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古い建物のほとんどに 「保存家屋」の小さな標識が付けてあります。 漆喰の塗籠壁がはげ落ちたり 住人のいない空家になっていたり その標識が ちょっと重そうな建物もいくつか目にしました。 |
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ほとんどの家が透き間なく建てられています。 間がぽつっと抜けると 横の壁面があらわになってしまいます。 この家は 空き地となった側の壁をきれいにしてありました。 |
ご鑑賞ありがとうございました。